歯科医・児玉清 (2006年11月29日の日記)

 

 夕刻、PCに向かい、友人宛てにEメールを作成していましたら、息子2人が部屋の中で戦いを始めましたので、何度も「やめなさい!やめなさい!」と警告の怒声を発しておったところ、下の息子が口元を血だらけにして私の元にやって来たのです。
 くちびるでも切ったんかな?と思い、観察してみますと、なんと上の前歯が1本、きれいさっぱり無くなってしまっておるのです。
 「歯ぁ、無いやん!」という私のただならぬ声に息子はびっくりしてしまい、「あ〜死んでしまう死んでしまう〜」と言いながら泣き出してしまいました。

 抜けた歯はちょうど生え変わったばっかりの永久歯ですので、「たったの6歳児やのに今頃から差し歯にせなあかんのか?」と思うと、泣きたいやら情けないやら腹が立つやらで、「あんたらがガサガサしてるから歯が折れてしまったやろ!もう歯は生えてこないんや!ボケ!」などと、ひとしきり息子らを罵ったのですが、罵っておってもなんら建設的でないことにふと気づき、インターネットで「歯が折れた」と入力し検索してみたのです。

 すると、「折れてから30分以内なら歯を元の場所に接着できる確率は90%・・・」に続き、「折れた歯は牛乳に浸し、すぐ歯医者に行け」という内容の、有益な情報を得ることができたのです。
 そこで、「歯を捜しなさい!今すぐ!」と息子らに指令をだし、私も半狂乱で捜索にかかりましたら、だんなのベッドの上で歯を見つけ出すことができたのです。

 マンション階下のショッピングセンターには歯医者が2軒あるのですが、そのうち1軒はいつも客がいる気配がなさげですので、「すぐ診てもらえるはずだ。そこに行こう」と思い立ち、ジャムの空き瓶に牛乳を入れ、そこに歯を漬け、歯が折れた張本人も連れて、急いで歯医者に向かいました。
 その時私はかなり気が動転しており、歯医者の受付に向かい、「ここは歯医者ですか?」と、非常にまぬけな第一声を発してしまったのですが、まぁいいでしょう。

 やはりこの歯医者は客もおらず暇なようで、すぐさま診察室に通されたのですが、そこには児玉清に似た、なかなかええ感じの中年香港人が座っておりましたので、まず私は少し好感を抱いてしまったのです。
 さらに嬉しいことには、児玉は日本語が少しできたのです。日本語といいましても、「イチバーン!」っちゅうような、こちらの神経を逆撫でするような日本語ではなく、歯医者として実用的なものでしたので、私の心は児玉に対し、ますます好感度アップしてしまいました。
 
 私は「歯入り牛乳瓶」を児玉に渡し、今さっき息子の永久歯が折れてしまったが、私は努力して歯を見つけこのように丁寧に保存してここまで来たのだ、というプロセスを説明し、そして「この歯を付けてくれ!付けてくれるよな?」と哀願したのです。

 児玉清は折れた歯を見、それから息子の口の中を見、レントゲン写真も撮りました。
 そして、私にレントゲン写真を見せながら、「ここに歯ぁ、あるやん!」と言ったのです。
 そうです、息子のレントゲン写真の歯茎部分には、まだ生えぬ永久歯が2本、きっちり写っておったのです。
 折れたのは乳歯だったのですな。下の前歯はもうすでに永久歯に生え変わっていますので、上の前歯と混同してしまったのですな。
  「1ヶ月もすれば永久歯が生えてくるだろうから、このままにしておいていいよ」ということだったのです。大騒ぎして損した。
 
 ほっとしたのもつかの間、今度は児玉への支払いの心配がむくむく湧き上がって来たのです。
 私は香港で歯医者にかかったことが無かったのですが、「歯医者にかかると非常に高額である」「抜歯で6000ドルかかる」だとか「歯を洗うだけで500ドルだ」という話も聞いたことがありますし、児玉清も好人には見えるけれども意外と強欲かもしれませんし、客がほとんどおらず貧窮しておるかもしれませんし、日本人だとバレているのでぼったくりに遭うかもしれず、しかも、レントゲン写真まで撮っていますので、「1000ドル
(1万5千円)くらいかなぁ???」と覚悟しながら、児玉本人におそるおそる会計を聞きますと、「200ドル(3千円)」だったのです。安いやんか!
 私は今、心の底から児玉のことが好きになってしまいました。

 児玉は物腰も柔らかく好人物で、なにより日本語もできるのですから、こんな場末のショッピングセンターなんかで開業せずに、もっと華々しい地域で華々しく開業すればいいものを。
 羽ばたけ!児玉清。

setstats 1