今月の月刊チルドレン
はなたれ
私、小学生の６年間はずっとはなたれでした。
多分幼稚園でも絶えず洟水を垂らしていたのでしょうが、その記憶はありません。
いわゆる蓄膿というやつだったのでしょうか。青洟の汚らしいやつで、「これは脳味噌が出て来ているのでないか」と疑問にさえ思っていたこともありました。
それに派手に音を立ててかまないとすっきりしないタイプだったので、教室で洟をかむのは恥ずかしく、休憩時間になるとたいてい洟をかみに、トイレの個室に行っていたような気がします。トイレで全部出してしまうと、しばらくはスッとするのですが、２時間くらいするとまたグズグズするので、１日に何度もトイレでかんでいました。小学４年の時には屈辱的な出来事がありました。
私は笛を吹くのが上手だったので、ある日の音楽の時間に見本として、皆の前で独奏させられたのですが、まさか独奏のチャンスが巡って来るとは露知らず、洟をかみに行っていなかったのです。
おりしも吹かされた曲は息継ぎの少ないタンギングが効いたものでありました、息継ぎが少ないということは洟をすするチャンスも少ないということです。
一生懸命吹いてる途中でクラスの皆がせせら笑うのが聞こえました、そうです、吹いている途中で洟がビヨ〜ンと垂れて来てしまったのでした。
それは今でも記憶があるのですが、笛を吹きながら自分でも洟が垂れるのが見えたくらい、果てしなく長く垂れてしまったのでした。慌てて吸いこみましたが、それが一層笑いを助長してしまったかのようです。
晴れの舞台、しかも私が一番得意とする笛でこのようなしくじりをするとは！
私は完奏こそしましたが、内心は「もうだめだ」というくらい打ちひしがれていました。
これは別のクラスだったかと思いますが、水泳の時間にも同じようなことがありました。
私は洟を垂らしながら一生懸命平泳ぎしていたのですが、それをプールサイドで座っていた、別のクラスの男子に発見されてしまったのです。
息継ぎごとの顔を上げる瞬間に見えるだけなので、その男子がいってることはもちろん聞こえませんが、なにやら「見てみ！あいつ洟垂らしている」という風に隣の男子に知らせているようで、２人してこっちを見て笑っているのです。
私は泳ぎながらその男子が座っているところに向かわなければなりません。できることならターンして遠ざかりたいところですが、授業中なのでそういうわけにもいきません。
そして泳ぎ終わってプールサイドに上がった後のことは、何があったか覚えていないのです。あまりにショックで自己防衛本能が働き、忘れ去ろうとしたのでしょうか。小学５，６年はクラス替えがなかったので、仲のいい女の子３人組みでいつも行動していました。
彼女たちとは些細なことで絶交もよくしましたが、子供のつまらない恋の悩みも告白できる間柄で、それから中学卒業まで３人で交換日記もしていました。
もちろん私の鼻のコンプレックスも彼女たちの知ることとなり、洟をかむトイレ行脚にも毎回付いて来てくれました。
その頃になるとクラスの教室のそばのトイレで洟をかむのは皆がいて恥ずかしいので、わざわざ誰もいないような、校舎の玄関のトイレまで行っていたのです。
そしてトイレの水を流しながら洟をかむのですが、私はかむ音が外に漏れているかどうかが非情に気になり「聞こえてる？」と聞くと、多分聞こえてるのでしょうけど「聞こえてへんで」と返してくれる心優しい人たちでありました。
そして小学６年のある日突然、洟は出なくなりました。
その輝かしい日のことは、今でも忘れません。
給食時間の前にはかならず洟をかみに行っていたので、その日も手洗い場で彼女たちが「ぶっすん（トイレで洟をかむのを３人の間ではこう呼んでいたのでした）行く？」と誘ってくれたのでしたが、なんと朝から洟が出ていないことに気がついたのです。
「朝から洟出ぇへんわ」というと彼女たちは「良かったなぁ」と喜んでくれました。
本当にその日以来、私ははなたれではなくなったのです。洟ごときで・・・と思われるかもしれませんが、子供だった私にはとてつもないコンプレックスだったのです。それはやはり洟そのものより、『はなたれ』ということで笑われることにあったのですが。
当時は『モリちくのう錠』という薬の広告を見るたびに「サンプルが欲しい」と真剣に思っていました。
そしてそのせいか、今でも鼻と洟には過敏に反応してしまう私であります。
特に息子が風邪引きで洟を垂らしていようものなら、「ちゃんと洟かみや！笑われるで」と余計なことをいってしまうのです。
鼻に手をやる癖も治りません。
しかしながら、うちの親にそれをいうと「そうかぁ？あんた洟垂れてたかなぁ？」とまるで覚えていないのです。ひょっとしたら子供の時でさえ『はなたれ』の事実は知らなかったのかもしれません。私はあんなに洟で苦労していたのに。
所詮己のコンプレックスなんて、他人から見るとそんなものかもしれませんね。〆