今月の月刊チルドレン

ことり

 

私が育った所は元は農村だったのです。我が家は違いましたが、ご近所さんは竹やぶ付きの庭に納屋や蔵などがあり、遠山の金さんでも出てきそうな立派な木造りの門構えの、大きな農家が多かったのです。閑静といえばそうなのですが、家の門はいつも閉ざされ、入り組んだ細い路地には人通りがほとんどなく寂しいところなのです。

子供の時によく親から注意されていたのに「遅くまで遊びに行ってたら、
ことりにさらわれるで」というのがありました。
しかしながら、子供の時は『ことり』がなんであるかよくわからないでおりました。
イントネーションが違ったのですが、それでもうっすらと子供心に『小鳥』だと想像しておりまして、「なんで鳥が?」と不思議な気持ちでいっぱいなのでした。
『ことり』が『子取り』であると判りましたのは、かなり大きくなってからだと思います。誘拐のことだと知って、長年の不思議が解けたものの、なんだか心穏やかではいられませんでした。

もう一つ子供心をあやしい気持ちにさせたのは『しきま』という言葉でした。近所に竹やぶに囲まれたお寺があったのですが、そこの境内にある公園には行ってはいけないよ、と子供を戒める時に、うちの親のみならず近所のおばちゃん達も使っていた言葉でした。「しきまがおるから行ったらあかん」ということでした。
『しきま』の何たるかはわからなかったのですが、子供にはふさわしくない
危うく恐ろしい何かが存在することは、親や近所のおばちゃんの表情から読み取れました。
そんなある日、私は実際に『しきま』に遭遇してしまったのです。

それは小学2年のころだったかと思います。なぜ覚えているかといえば、『しきま』に遭遇したのが当時仲良しだった由紀江ちゃんと一緒にいた時だったからです。
その日は由紀江ちゃんが私の家に遊びの誘いに来てくれて、それから一緒に由紀江ちゃんの家に遊びに行くことになったのでした。
母が持たせてくれたみかんを両手に1個づつ握り締め、緩やかな坂の細い路地にさしかかったときに、向こうに男が立っているのが見えました。
その男は当時再放送でよく観ていた、山口百恵ちゃんのTVシリーズ『赤い運命』で、三国連太郎扮する百恵ちゃんのお父さん役の『島崎』というみすぼらしい男にそっくりでした。やや猫背の大きい図体にトロンとした目をしていました。
もしかしたらTVの中の島崎像とオーバーラップさせているのかもしれませんが、とにかく、本当に『島崎が出た!』と信じてしまうほど、だらしなくみすぼらしく、そして怪しい雰囲気を醸し出しておりました。
島崎の雰囲気に圧倒され、私たちは立ち止まってしまいました。近づいて来ます。
島崎はネズミ色の汚らしいコートを着て、ズボンはなんだかずれていました。
ズボンのチャック辺りに手をやっています。
島崎はゆっくり至近距離まで近づいて来て「これ、出すとこないか?」とボソッといいました。
よく見ると手に携えていたのはチンチンでした。そしてなんとチンチンの先っぽからはドロリと膿が出ていたのです。
「チンチンから膿!それもあんなにぎょうさん」。
当時の私の連想としましては「膿=でんぼ(おでき)」というのがありましたので、「あんなところにでんぼ!」という衝撃がありました。
びっくりしたというより、おしっこが出るはずのチンチンから膿を出していることが可笑しくて、私達はその場でくすくす笑ってしまいました。そして抑えきれず、高らかに笑いながら走って逃げました。

それまでは、大人たちから話は聞くものの、未だ見ぬ『しきま』に幽霊などと同様の恐ろしいけど、どこか神聖なものとしてのイメージがあったのかもしれません。
それが実際の『しきま』ときたら、こんなに汚らしくだらしなく、笑えるものだなんて。

由紀江ちゃんの家に着いて、おばちゃんにそのことを報告すると、おばちゃんの顔色が変わり「どこや?どこにおったんや?」と、おばちゃんのメガネがずり落ちそうになるくらい食いかかるような面持ちで聞かれましたが、なぜそんなにムキになるのかが不思議でした。あんなに笑えるのに!
その時は島崎のことも、おばちゃんの表情もただただ滑稽にしか感じませんでした。

そしてもう1回。露出狂という部類の人なのでしょうか。
これは高校からの帰り道、自転車でもうすぐ我が家、というところまでたどり着いた時です。細い路地の左折の方向に男が立っていまして、私が自転車で横切った瞬間に
「おらーっ!」という掛け声と共に、着ていたコートの前をはだけて見せてくれたのです。
一瞬だったのでよく見えなかったのが残念ですが、男はニヤニヤしていました。
この時は、彼がなんたるかが分かっていたので、私もちょっと恐ろしいやら、恥ずかしいやらで、なんだか引きつった笑いを浮かべて、自転車を倍速に漕いで走り去ってしまいました。

他にも、我が家の庭に勝手に入り込み、トイレの影にしゃがんでエロい本を読んでいた小学生もありました。これは『しきま』以上にわけがわからなく、気味悪かったです。

子供の時にはわからなくて、大人になったアル日突然「ははーん、そういうことだったのか」と合点がいくことってあります。
人畜無害な事柄なら笑い事で済むのですが、場合によっては新しい発見の嬉しさよりも、それまでの無邪気さが木っ端微塵に砕かれて、自分が直面していた筈なのに気付かなかった恐怖が一層重くのしかかり、改めて硬直してしまうのでありました。〆


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