月刊チルドレン

匂い

銀杏というのはイチョウの木の実の種の部分ですね。
秋になると木に黄金色の実が鈴なりで、そのうちボタボタ落ちて来るのですが、種を包んでいるどろどろした実の部分がとてもとても臭いのです。
子供の頃、色魔が出ると噂されていた近所のお寺の境内にいちょうの木がありまして、あまりの臭さに魅了され、銀杏だとは知らずによく拾いに行ったものです。
銀杏も嗅ぐとプーンと臭さが漂ってはおりますが、どろどろの実の臭さにはとうていな敵いません。100万倍くらいも凄い臭さなのです。
というわけで、実際に臭いのはイチョウの実の部分で、種である銀杏には罪はなさそうです。恐らく自らの意思とは裏腹ながら、不覚にも実の臭さに包まれ染まってしまった可哀想な運命なのでしょう。
しかしここでは便宜上、その実の匂いを『銀杏臭』と呼ぶことにしておきましょう。なぜなら私が子供時代からずっとそう呼び続けて来たからです。

さて、人間の体というのもたいがい臭いものですが、部位によってその臭さが違っていますね。
妊娠中にだんだん腹がでかくなりヘソの部分が引っ張られ、長年蓄積されていたヘソのごまがポロっと取れたことがあったのですが、えもいわれぬ悠久の芳香を醸し出しておりました。

そしてもうお気づきかもしれませんが、人間の体の中で銀杏臭のする部位があるのです。
それは耳の後ろなのです。厳密にいうと後ろというより耳の上部付け根のあたりです。そこを指で擦って嗅ぐと、まさにそれは銀杏臭なのです。
私は清潔好きなので、お風呂も毎日入り、耳の後ろはおろか耳にも石鹸をつけてゴシゴシ洗ってはいるのですが、翌朝起きてそこを擦るともうわずかに銀杏臭がしているのです。一日たっぷり過ごすと銀杏臭満開なのです。

これは私だけでなく、息子も同じ匂いがするのです。
だんなに息子をお風呂に入れてもらったりすると、耳の後ろを洗ってくれないようで風呂上りでも強烈な銀杏臭がします。ちょっとタオルで拭いたくらいでは取れないのです。
そして恐いもの見たさ知りたさ的にそのまま2日目に突入しますと、指で擦らずとも、近寄っただけであたかもイチョウの木の側にたたずんでいるかのような錯覚に陥ります。

そして私は、臭いけれどもこの匂いが大変好きなのです。
一日に何度となく指で擦って嗅いでうっとりしては、煩わしいことがなかった懐かしい子供時代に思いを馳せてしまうのです。〆

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